大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)430号 判決 1952年6月24日

秋田県仙北郡大曲町字東後二六番地

上告人

曾根賢吾

右訴訟代理人弁護士

阿部正一

同県雄勝郡湯沢町字内前森六五番地

被上告人

木下軍記

右当事者間の小切手金請求事件について、仙台高等裁判所秋田支部が昭和二五年一〇月二七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人曾根賢吾の代理人阿部正一の上告理由は後記書面のとおりである。

上告理由について。

所論は、原判決は、被上告人がなんら主張もせず争つてもいないのに、本件小切手の遡及権保全の要件である支払拒絶宣言につき、適法の形式を具えていないからその効力がなく、従つて上告人の請求自体失当であるとして、これを排斥したのは、民事訴訟の当事者主義の原則に違反し且つ大審院の判例に違反するというのである。記録を調べて見ると、上告人は原審の口頭弁論(記録一八丁)において、本件小切手金の請求は、「小切手法三九条二号による請求で此の条件を満して遡及権を行使するものである右事実は甲第一号証の小切手の存在及右小切手に添附の昭和二四年一月一一日株式会社秋田銀行湯沢支店長古仲喜代松の支払拒絶の符箋によりこれを証明する」と釈明したのであつて、この釈明自体は、本件小切手の支払拒絶宣言は、右附箋になされたものであるとの事実上の主張を含むものであるこというを俟たないそれ故原審は上告人の右主張に基き遡及権行使の要件を具備していないものと判断したのであつて当事者の主張しない事実を認定したのではないそして被上告人が右事実を認めたとしても原審はその事実によつて上告人に上告人主張の権利が法律上存在しないと判断したときはその旨判示して請求を棄却することは少しも差支ない処である。されば原判決には所論のような違法もなく、亦所論判例に反する処もない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官小林俊三の反対意見を除き、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。

裁判官小林俊三の意見は次のとおりである。

多数意見は、上告理由が、原判決の示した小切手遡及権行使の要件に関する見解について、攻撃するところなく、単に訴訟法上の違背を主張しているに過ぎないので、その主張理由のみによつて、原判決には、所論のような訴訟法上の違法はないとして上告を棄却したのであるが、この訴訟法上の論旨に関する判断については、私も意見を異にするものではない、しかし、多数意見は、原判決の示した小切手遡及権行使の要件に関する判断について、これを是認したものであるか否かが明らかでない。これを是認したものとすれば、次に述べるように反対の意見をもつ。また、これを是認するしないにかかわらず、上告人が上告理由において、直接この点に関する主張をしていないかぎり、最高裁判所は、原判決の実体法の解釈に立ち入るべきでないという趣旨であるならば、これについても同意することはできない。

原判決が、小切手の遡及権行使の要件について示した法律解釈は改めらるべきものと考える。原判決に、実体法の解釈につき誤りがあつて、それが判決の主文に影響がある場合は、上告審は、当事者の主張の有無にかかわらず、職権をもつてこれを調査し判断する責務があり、このことは、「最高裁判所における上告事件の審判の特例に関する法律」においても、なんら制限されたものではないと考える。従つて本件においては、結局次のような理由により、原判決を破棄して差戻すを相当する。

小切手の遡及権行使の要件として、小切手法三九条二号に定める形式は、附箋でなく小切手自体にしなければならないという解釈は、主として小切手法に附箋によりてなすことを認めた明文がないということであつて、なお小切手の要式の厳格性ということもその基礎にあるであろう。なお遡れば、小切手法の規定は、小切手に関し統一法を制定する条約第一附属書に由来するところに根拠をもつと考えられる。しかし単に文字が、小切手とあるからといつて附箋によることを禁じた明文もないのであるから、文理上の理由はさして有力であるとはいえない。文理上の理由より、むしろ、附箋にすることが、何故不適法とされなければならないかの理由が解明されることが必要である。従来取引上、小切手の支払拒絶宣言を附箋に記載することがなお行われている理由は、取引上の現実の必要から生じていると認められる。ことさらにこの現実を無視して、特に厳格に紙面の狭い小切手自体に記載しなければならないとする格段の理由は認められない。或は附箋は、小切手自体から離れる危険があるとか、汚損し易いという理由があろうが、それは取引上の必要とか便宜とかいうことを犠牲にするほどに、事実上有力な根拠であるとは考えられない。要式の厳格性といえども、要するに小切手の遡及権を確保すること自体が目的であるから、小切手自体に記載しなければ、なんらかこの関係を危くするというような理由がなければならない。本来商取引に関する法規の解釈は、つとめて取引上のしきたりを尊重し、特に必要な理由のないかぎり、これを犠牲にすることは避けなければならない。大審院の判例には、小切手自体にすることを必要とする趣旨を示したものが、すでに相当以前からあるが(その有力な例として昭和一二年二月一三日判決、大審院民事判例集一六巻一一二頁)、それでもなお附箋に支払拒絶宣言をする例が行われているのは、現実の根強い理由を語るものである。本件もその一例に外ならない。格段な重要な理由のないのに、形式上の厳格な要件を求めることは、かえつて小切手の取引上の利用性を減じ、また安全性を害することになるであろう。すなわち、小切手法三九条二号の支払拒絶宣言は、小切手の附箋に記載しても、遡及権行使の要件を具備すると解するを相当とすると考える。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二五年(オ)第四三〇号

上告人 曾根賢吾

被上告人 木下軍記

上告代理人阿部正一上告理由書

第一点

原判決ハ其理由ニ於テ「控訴人ガ昭和二十四年一月七日被控訴人ニ対シ額面金拾万円支払地株式会社秋田銀行湯沢支店支払人同上と定めた小切手壱道を振出し被控訴人が同年一月拾壱日支払地に於て支払人に対し支払呈示を為したけれどもその支払を拒絶せられたるは当事者間に争のないところである。被控訴人は前記の如く小切手が不渡となつたので小切手法第参拾九条第弐号に依り支払拒絶の宣言を得た上振出人たる控訴人に対しその遡及権を行使し小切手額面金拾万円及びこれに対する法廷の遅延損害金の支払を求めると云うのであるが小切手法第四拾弐条に依り支払拒絶証書又はこれと同一の効力を有する宣言の作成義務を免除されない限り右小切手法第参拾九条ニ依リ遡及権を保全する措置を講じなければ遡及権はこれを行使し得ないものであることは同条の規定により明かであつて同条第弐号に所謂「小切手に呈示の日を表示し記載し且日附を附したる支払人の宣言」は小切手自体にこれをなす事を要し小切手の符箋にこれを為した場合にはたといその小切手と符箋との接合目に契印をしてある場合であつても小切手に記載されたものということはできないと解すべき事は同条の文言並に小切手法の規定中にこれを符箋に記載する事を許容した規定の有しない点から明白である、然るに被控訴人が右宣言を得た証拠として援用する甲第壱号証によれば右記載は小切手自体にされて居らず符箋にされて居ることが明かであつて右小切手につき小切手法第四拾弐条に依る拒絶証書又は之と同一の効力を有する宣言の作成義務の免除された事実は被控訴人主張立証しない処であり却つて前記甲第壱号証小切手によればかかる事実のない事が明かであるから右小切手については遡及権保全の為めの要件はついに具備されていないものといわねばならないされば爾余の点につき判断を用うるまでもなく被控訴人の本訴請求は上叙の理由に依り請求自体失当として棄却を免れない。」ト判示シ上告人(被控訴人)ノ請求ヲ排斥シタレドモ元来現行民事訴訟ハ当事者主義ヲ採用シ統テ此原則ノ下ニ訴訟ガ進行セラルベキモノニシテ此ノ事ハ申マデモナク民事訴訟法百八拾六条ニ於テ「裁判所ハ当事者ノ申立サル事項ニ付キ判断ヲ為スコトヲ得ス」ト明文ヲ以テ規定シ居リ小切手法第参拾九条第壱項第弐号ノ所謂支払人ノ宣言ニ就テノ事実調査ハ職権事項ニ属セス当事者主義ノ範囲ノ事項ニ属スル事項ナリ従テ当事者間ニ於テ此点ニ関シ何等主張ナキ限リ裁判所ハ自ラ進ンデ之レヲ調査シ其小切手ノ効力ヲ判断スベキモノニ非ラズ(大審院明治三七年(オ)四七一一号同年一〇月二九日民一判民録一〇輯一三七六頁判例体系民訴二巻一七八四頁〇大審院明治三七年(オ)一六五号同年四月二六日民一民録一〇輯五七一頁判例体系民訴二巻一七八五頁掲載ノ同趣旨ノ判例ヲ乞御参照)ト解スルヲ相当ト思料ス。

果シテ然リトセバ本件小切手ノ支払宣言ニ付テハ洵ニ原判決所論ノ如キナリト雖モ本件ニアリテハ第一、二審共所謂支払人ノ拒絶ノ宣言ニ就テハ当事者間ニ何等ノ争ヒナカリシコトハ記録上将亦原判決自体ニ依ツテモ亦明白ナル事実ト属ス然ルニ不拘ラス原判決ハ唯漫然ト本件小切手ノ支払ノ支払拒絶ノ宣言ガ無効ノモノタリトノ一事ヲ以テ当事者間ニ此点ニ関シ争ヒナキニ不拘ラス直チニ上告人(被控訴人、原告)ノ請求ヲ排斥シタルハ当事者訴訟主義ノ大原則ニ反シタル違法ノ判決トシテ到底破毀ヲ免レサルモノト信ズ。

以上

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